読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ころぐ

狙うとスベる

気になったaskに勝手に答えるの巻

考えたこと
>何もかも好きという気持ちが、どれも飛び抜けて好きなわけではないという気持ちと似ていて不安になることはありませんか?相容れない存在もあるからこそ、好きなものの存在やそれに出会えたことが特別しあわせに感じるという現象を私は信じています。だから、全部好きだったらどういう風にその「好き」が他の存在と区別されて存在するのかなぁって気になりました。

この質問は私に来たものではないのですが、勝手に気になってしまったので勝手に回答しようと思います(笑)質問者さん、回答者さん、なんかすみません(笑)

妖怪DD(大好き大好き)星人なので、こういう風に考えたことってなかったなーと目からウロコでした。ただ私は「好き」の反対って「嫌い」じゃなくて「興味がない」なんですね。存在自体を抹殺している状態。「嫌いだわー」って思ううちは、まだその対象について気に留めているわけだし。よせばいいのに昔のアイツの近況を覗き見ているうちは興味がないだなんて言えない(笑)なにこの気持ち悪い例え(笑)

相容れない存在はしかし、度々「そうきたか!」という目からウロコ的気付きをくれます。特に好きなものに対する気持ちはみんな多かれ少なかれアツいものを持っているので、感化されることが多いです。思わぬところで繋がってたりして「へええ!」ってなって、気付いたら「私も好きだわ!」ってなったりとか。ツイッターってそういう気付きが本当に多くて、ジャニーズ問わず、皆さんの色んな「好き」に便乗して興味を広げていくのは本当に楽しいです。人が好きな対象について話をしているのを聞くのがもともと好きなんですね、私。対象は言ってしまえばもうなんでもいいんです。「好き」に至るまでの気持ちとか、今の気持ちとか、そういう話聞くの大好き。

>相容れない存在もあるからこそ、好きなものの存在やそれに出会えたことが特別しあわせに感じるという現象

相容れない存在がいるいないというか、何と比べるという前提はもはやはなから全く必要ないぐらい、大好きな人達のことに出会えたことが特別なんだと思っています。これは私の自分勝手な持論ですが、みんな等しく特別で、唯一なんです。一人一人に向ける「特別」は個々でみんな形が違って、それでいいと思っているんです。これは私的掛け持ち論にも繋がるものですが。

だから不安になることって今までなかったかなあ。いや、あったかもしれないけど忘れてしまったかな。勝手に回答したくせにまとまってなくて笑いました。質問者さん、回答者さん、ほんとすみませんでした(笑)

むしろ「相容れたい」派です。せっかくだから、なにもかも好きで埋め尽くしたいなとか。まあ、無理はない範囲で。